マーケティングにおいて最も重要なことは何でしょうか?それは「何を言うか」ではなく「何を言わないか」を戦略的に選択することです。
今日は、この戦略を見事に実践し、掃除機市場を根底から変えたダイソンの事例をご紹介します。
既存の土俵で戦わない勇気
2000年代初頭の日本の掃除機市場は、まさに「吸引力戦争」の真っ只中でした。
各メーカーが競うように「○○Wの強力吸引!」「業界最強の吸引力!」とアピールし、消費者もその数値で掃除機を選んでいました。
そんな中、ダイソンは全く違うアプローチを取りました。
「吸引力が衰えない、ただひとつの掃除機」
この一言で、ゲームのルールを完全に変えたのです。
巧妙なUSP戦略の裏側
ダイソンの戦略の天才的なところは、技術的事実を巧妙に活用した点にあります。
サイクロン技術により、確かに「吸引力は衰えない」のです。しかし、その絶対的な吸引力が他社より圧倒的に強いわけではありませんでした。
つまり、
✅ 「衰えない」は事実
❌ 「最強」ではない事実は言及しない
この絶妙なバランスが、消費者の認識を劇的に変えました
消費者インサイトを突いた心理戦略
ダイソンが見抜いたのは、消費者の本当の悩みでした。
従来の掃除機ユーザーが抱えていた不満
「最初は良く吸ったのに、だんだん吸わなくなる...」
「紙パックを交換するタイミングがわからない」
「せっかく高い掃除機を買ったのに、性能が落ちていく」
この「性能の持続性」に対する不安を、ダイソンは的確に捉えたのです。
消費者は実は「最強の吸引力」を求めていたのではなく、「安定した吸引力」を求めていたのです。
コミュニケーション戦略の妙技
ダイソンのCMを思い出してください。
- 透明なゴミ捨て部分にゴミが舞い踊る映像
- 「吸引力が衰えない」というシンプルなメッセージ
- サイクロン技術の視覚的な説明
これらすべてが「持続性」という価値を強烈に印象づけました。
数値での比較ではなく、体験としての価値を訴求したのです。
価格設定の心理学
さらに巧妙だったのが価格戦略です。
従来の掃除機より明らかに高い価格設定により、消費者に以下の心理的効果をもたらしました。
「高いということは、きっと良い技術があるのだろう」
「長く使えるなら、結果的にコスパが良い」
「他とは違う特別な掃除機なのだろう」
高価格が品質の証明になったのです。
現代マーケティングへの教訓
ダイソンの成功から学べることは以下の4つです。
- 競合と同じ土俵で戦う必要はない
既存の評価軸に疑問を持ち、新しい価値軸を提示する勇気を持つ - 消費者の真の課題を見抜く
表面的なニーズではなく、潜在的な不満や不安に着目する - 技術の見せ方を工夫する
スペックではなく、ベネフィットとして伝える - 一点突破の訴求力
複数のメッセージより、一つの強烈なメッセージの方が記憶に残る
マーケティングに活かす視点
現在のデジタルマーケティングにおいても、この原則は変わりません。
SNSでの情報発信、商品紹介、ブランディング...すべてにおいて「何を強調し、何を強調しないか」の選択が重要です。
競合他社が「高機能」「多機能」を謳う中で、「シンプル」「使いやすさ」を前面に出す。競合が「安さ」で勝負する中で、「品質」「信頼性」で差別化する。
このような戦略的思考こそが、真のマーケティングなのです。
マーケティングとは、製品を変えることではありません。消費者の「見方」を変えることです。ダイソンは掃除機を変えたのではなく、私たちの掃除機に対する価値観を変えたのです。
あなたのビジネスでも、きっと新しい価値軸を見つけることができるはずです。
著者プロフィール
安藤 芳樹
「セブンチャート仕事術」開発者。セブンチャートインストラクター、オフィスミラクス代表
広告代理店(ADK)に勤務しながらドラッカーを実践。「5つの質問」で企業トップとの事業の定義を合意しながら経営者視点で商談を進め顧客に認められる。40歳の頃、ビジネス観や人生観に普遍の基盤をもちたくドラッカーに目覚める。その知見体得のために試行錯誤してたどり着いたのが「セブンチャート仕事術」。その体得のためにやった反復訓練は30000ページのチャートを作るにいたり、今も増殖中。さぬきうどんブームの仕掛け人であり、映画「UDON」のトータス松本の役柄モデルでもある。立教大学卒業。2021年12月23日 初の著書「チャートで考えればうまくいく」を上梓。