みなさん、こんにちは。マーケティングの成功例として、今回はSNSがもたらした奇跡の事例を紹介します。
製造業の老舗である側島製罐(そばじませいかん)。創業100年を超える老舗企業が、SNSをきっかけに倒産寸前の危機からV字回復を遂げた話をご存じでしょうか?この事例は、マーケティングの本質を深く理解する上で、非常に示唆に富んでいます。
なぜ、不良在庫が「宝」に変わったのか
事の始まりは、側島製罐の6代目社長である石川貴也さんが、家業に戻った2020年のことでした。彼が直面したのは、長年売れ残り、倉庫の4割ものスペースを占拠していた大量の「不良在庫」。カラフルでデザイン性の高いオリジナル缶の数々が、全く売れない状態だったのです。
大手雑貨店に商品を置いてもらっても、空の缶はかさばるためすぐに撤去されてしまう。いわゆる「BtoB」(企業間取引)が中心だった同社にとって、一般消費者向けの「BtoC」(企業対消費者取引)は、まさに未知の領域でした。
万策尽きた石川社長は、やむなく在庫の廃棄を決意します。しかし、その時、彼は一つの行動を起こしました。それは、「この商品たちが売れなかった悲しみ」を、写真とともにX(旧Twitter)に投稿することでした。
この投稿が、瞬く間に拡散し、多くの人の共感を呼びました。その結果、1万件以上の「いいね」がつき、問い合わせや注文が殺到。なんと、10年間で300個しか売れなかった商品が、たった1年で300個も売れるようになったのです。
この事例のポイントは、「なぜ売れなかったか」という事実を、正直に、そして感情を込めて伝えたことです。多くの企業が、商品の「良い面」だけをアピールしがちですが、側島製罐の投稿は真逆でした。この正直さが、人々の心に響いたのです。
「売り方」は「見つけ方」
この成功の裏には、従来のマーケティング手法とは一線を画す、重要なヒントが隠されています。
一般的なマーケティングでは、最初に市場調査を行い、ターゲット顧客を定め、そのニーズに合わせて商品やサービスを開発します。しかし、側島製罐の事例は、そうした順序とは全く異なりました。
彼らは、SNSに投稿したことで、「本来、誰がこの商品を求めていたのか」を、顧客自身が教えてくれたのです。
実際に商品を購入したのは、アニメやアイドルのファン、いわゆる「推し活」をしている人々でした。彼らは、大切な推し活グッズを保管する場所に困っており、段ボールや引き出しの中でグッズが傷んでしまうという悩みを抱えていました。
そこに、カラフルで丈夫な「缶」というソリューションが、まさにピッタリとハマったのです。豊富なカラーバリエーションは、推しの「メンバーカラー」に合わせて選ぶことができ、大切なグッズを美しく、そして安全に保管できる。
側島製罐は、この新たな顧客層を発見し、オンラインストアを立ち上げて、個人向け販売を本格的に開始しました。この出来事は、「売り方を変えた」というよりも、「本来の売り方を見つけた」と表現する方が適切でしょう。
共感を生む「ストーリー」の力
この事例で特筆すべきは、単に商品が売れただけでなく、企業の存在意義そのものが再認識されたことです。
社長自身が気づいたように、缶は単なる「容器」ではありません。子どもの頃、大切なものを缶にしまっていた記憶は、誰にでもあるのではないでしょうか。
側島製罐のウェブサイトには、「缶は人の想いを預かる器」という言葉が記されています。この言葉は、まさに今回の成功体験から生まれた、彼らの新しいブランド理念と言えるでしょう。
この理念を具現化したのが、子どもの思い出を収納する缶「Sotto(ソット)」です。
これは、単にモノを売るのではなく、「人の想いを大切にする」というストーリーを売っているのです。このストーリーが共感を呼び、結果として、ハンズのような大手小売店でも販売されるほどの人気商品となりました。
まとめ:マーケティングの本質は「共感」にあり
側島製罐の事例は、私たちに多くの教訓を与えてくれます。
- マーケティングは、企業が一方的に伝えるものではない。 顧客との対話の中から、新しい価値や可能性が生まれる。
- 「失敗」は、新たな成功の種となりうる。 失敗を隠すのではなく、正直に語ることで、人々の共感を呼び、新しい繋がりが生まれる。
- 商品を「モノ」として売るのではなく、その背景にある「ストーリー」を売る。 顧客は、単なる機能やデザインだけでなく、商品に込められた想いに心を動かされる。
側島製罐は、SNSというデジタルツールを使いながら、最終的には「人の心」というアナログな部分に訴えかけることに成功しました。
これこそ、これからの時代に求められる「共感マーケティング」の本質です。
あなたの会社にも、まだ見ぬ可能性を秘めた「不良在庫」や「失敗」が眠っていませんか?
著者プロフィール
安藤 芳樹
「セブンチャート仕事術」開発者。セブンチャートインストラクター、オフィスミラクス代表
広告代理店(ADK)に勤務しながらドラッカーを実践。「5つの質問」で企業トップとの事業の定義を合意しながら経営者視点で商談を進め顧客に認められる。40歳の頃、ビジネス観や人生観に普遍の基盤をもちたくドラッカーに目覚める。その知見体得のために試行錯誤してたどり着いたのが「セブンチャート仕事術」。その体得のためにやった反復訓練は30000ページのチャートを作るにいたり、今も増殖中。さぬきうどんブームの仕掛け人であり、映画「UDON」のトータス松本の役柄モデルでもある。立教大学卒業。2021年12月23日 初の著書「チャートで考えればうまくいく」を上梓。