先日、近所のヘアサロンを訪れた際、興味深い話を耳にしました。
話をさせて頂いた従業員の方がおっしゃるには、近年、大手激安ヘアカット店、例えば〇〇ハウスのようなお店が働き口として非常に人気を集めているとのことでした。特に若い世代の美容師さんが、こぞってそうした店舗を職に選ぶ傾向にあるというのです。
この話を聞いて、私はすぐに「なぜだろう?」というマーケターとしての好奇心を刺激されました。
一般的に、美容師という仕事は、顧客との密なコミュニケーション、技術の研鑽、そして何よりも「人」対「人」のサービス提供が核となる専門職だと認識しています。
そうした中で、施術時間を短縮し、価格を極限まで抑えることをコンセプトとする激安店が、なぜ「働きやすい」という評価を得ているのでしょうか。
この問いを深掘りすることは、単にヘアサロン業界のトレンドを理解するだけでなく、あらゆるビジネスにおいて重要視される ブランディング、 顧客体験(CX)、そして 従業員エンゲージメントといったテーマを考える上で、示唆に富む学びを与えてくれます。
効率化の裏側にある「働きやすさ」の正体
なぜ〇〇ハウスのような激安ヘアカット店が、特に若い世代に支持される働き口となっているのか。従業員の方から聞いた話と照らし合わせると、いくつかの明確な理由が見えてきます。
【理由①】給与体系の透明性とインセンティブ
固定給ではなく、 ヘアカットした人数によって給与が決まるという給与体系は、成果が直接報酬に結びつくため、非常に分かりやすく、モチベーションに繋がりやすいと言えます。自分の頑張りがそのまま収入に反映されるという透明性は、特に若手にとって魅力的に映るでしょう。
【理由②】高い自由度と柔軟な働き方
休日を自分で決められる、 どんなに忙しくても1時間のランチ休憩が確保されるという点は、現代の働き手が求めるワークライフバランスに合致しています。長時間労働や休憩が取れないといった従来の美容業界の課題を解消し、プライベートと仕事の調和を重視する若者のニーズに応えていると言えます。
【理由③】顧客対応のプレッシャー軽減
指名や予約がないため、個人の固定客を持つ必要がないという点も、ある種の安心感をもたらします。新規顧客獲得やリピーターの維持といった個人ノルマやプレッシャーから解放され、純粋に目の前のカット技術に集中できる環境は、技術習得中の若手や、対人関係のストレスを避けたいと考える美容師にとって魅力的でしょう。
これらはまさに、「自由度の高い制度設計」がもたらすメリットであり、従来のヘアサロンが抱える構造的な課題を巧みに回避していると言えます。
もちろん、高い技術を追求し、顧客一人ひとりに寄り添ったサービスを提供したいと考える美容師にとっては、物足りなさを感じる部分もあるでしょう。
しかし、「働きやすさ」という観点から見れば、これらの要素は非常に合理的であり、現代の働き方の価値観に合致していると言えます。
経営者の「決断」が未来を拓く
一方で、話を聞いたヘアサロンの経営者は、3年前から「値上げしたい」と従業員にアンケートを取り続けているものの、いまだにその 決断ができていないとのことでした。値上げができないために、設備投資もできず、従業員の給与や福利厚生も改善されない。「これでは勝負にならない」という切実な声は、多くの日本企業が直面している課題を浮き彫りにしています。
この二つのヘアサロンの話は、ビジネスにおいて極めて重要な二つの要素が、企業の明暗を分けていることを示唆しています。
【重要な要素①】仕組み化の重要性
〇〇ハウスのような成功事例は、効率的で従業員にとって魅力的な「仕組み」を構築することの重要性を示しています。これは単なる業務効率化に留まらず、従業員のモチベーション、エンゲージメント、ひいては定着率に直結します。優れた仕組みは、再現性を生み出し、持続的な成長の基盤となります。
【重要な要素②】経営者の決断力
一方のヘアサロンが直面している課題は、まさに 経営者の「決断力」の欠如が引き起こしていると言えます。市場の変化に対応し、適切なタイミングで適切な意思決定を下すことは、企業の生き残りと成長にとって不可欠です。従業員の意見を聞くことは重要ですが、最終的な責任と決断は経営者が負うべきものです。
まとめ:顧客体験と従業員体験、そして経営の「覚悟」
このヘアサロンの話は、単に美容業界のトレンドを語るものではありません。あらゆるビジネスにおいて、いかにして顧客に価値を提供し、いかにして従業員がその価値提供にモチベーションを持って取り組める環境を整備するか、という根本的な問いを投げかけています。
現代の消費者は、単に「安い」という理由だけで商品やサービスを選ぶわけではありません。それぞれの「価値」に対して対価を払う意識が高まっています。そして、その価値提供の最前線に立つのは、他ならぬ 従業員です。
従業員が安心して、意欲的に働ける「従業員体験(EX)」が充実していなければ、質の高い「顧客体験(CX)」を提供し続けることは困難です。そして、そのEXを向上させるための仕組みを構築し、時には痛みを伴う決断を下すのが、経営者の役割です。
市場は常に変化しています。顧客のニーズも、働き手の価値観も多様化しています。そうした中で、過去の成功体験や漠然とした不安に囚われず、未来を見据えた大胆な「決断」ができるかどうか。そして、その決断を支える、明確な「仕組み」を構築できるかどうか。
これこそが、現代のビジネスにおけるブランディング、そして持続可能な成長を左右する、最も重要な要素であると私は考えます。
今回のヘアサロンの事例から、あなたのビジネスにおいて、何か新しい視点やヒントは見つかりましたでしょうか? 変化の時代において、私たちビジネスパーソンが常に問い続けるべきことは何だと思いますか?
著者プロフィール
安藤 芳樹
「セブンチャート仕事術」開発者。セブンチャートインストラクター、オフィスミラクス代表
広告代理店(ADK)に勤務しながらドラッカーを実践。「5つの質問」で企業トップとの事業の定義を合意しながら経営者視点で商談を進め顧客に認められる。40歳の頃、ビジネス観や人生観に普遍の基盤をもちたくドラッカーに目覚める。その知見体得のために試行錯誤してたどり着いたのが「セブンチャート仕事術」。その体得のためにやった反復訓練は30000ページのチャートを作るにいたり、今も増殖中。さぬきうどんブームの仕掛け人であり、映画「UDON」のトータス松本の役柄モデルでもある。立教大学卒業。2021年12月23日 初の著書「チャートで考えればうまくいく」を上梓。