海外アーティストから指名を受け、国内ライブシーンを支えてきたヒビノ株式会社。営業部門を置かず、技術者自らが客先で信頼を勝ち取り、顧客基盤を広げてきた独自のスタイルは、どのように築かれてきたのか。そして今、同社は次の10年を見据えてどのような未来戦略を描いているのか。代表取締役社長・日比野晃久氏の言葉を通じ、同社の営業とマーケティングの本質を探る。
創業からライブ市場の確立へ
ヒビノの原点はテレビの修理・販売業にあった。幼少期に機械いじりに目覚めた創業者は、日本のテレビ放送前の時代に17歳でテレビ受像機を自作し、1956年に同社の前進となる個人商店を開業。テレビの修理・製造を開始した。10代の頃から手掛けてきた音響装置の製作も続け、真空管アンプやHi-Fi音響装置を音楽喫茶に納入、次々と音響装置の一切を任されるようになった。やがてアメリカ製の優れた舞台音響機器と出会い、輸入製品に踏み出したことが転機となった。
そこから、機材を貸し出しオペレートまで提供するコンサート音響事業が生まれ、海外アーティストの来日公演を契機に、武道館など大規模会場の音響を担当。海外プロモーターから直接指名を受け、次第に「日本で最高の音を出す会社」としての地位を築いていった。国内アーティストにも信頼が広がり、同社の名はライブ業界全体に浸透していった。
営業部門を持たない組織文化
ヒビノの特徴は、専任の営業部門を持たない点にある。現場の技術スタッフがそのまま営業の役割を担い、顧客との関係を築いてきた。
「われわれの商売とサービスは、品質と信頼そのものが営業です。もちろんデモンストレーションをしたり、営業担当がプレゼンテーションを行うこともありますが、現場で技術を提供する人間がそのまま次の仕事を生む営業力です」。
この姿勢が「営業=人と人との信頼関係」という文化を形づくり、リピートや長期契約につながっている。入札競争や値引きではなく「ヒビノしかできない」技術を売る方針を徹底している。
顧客リピートを生む「ヒビノしかできない」価値
同社が誇るのは「一度取引を始めれば長く続く」顧客基盤だ。国内の大手広告代理店や放送局、さらには国の式典まで幅広く担ってきた。
「営業力とはプレゼン力ではなく、実績と仕上がりの質。お客さまに『ヒビノに任せれば大丈夫』と思ってもらえることが最大の武器です」。
その結果、40年以上にわたり続く取引先も多い。まさに“信頼が最大の営業資産”となっている。
危機から学んだ経営の教訓
2006年の上場後、ヒビノは順調に成長したが、リーマンショックで大きな為替損失を経験した。さらに2020年のコロナ禍では、ライブイベントがほぼゼロとなり大打撃を受けた。
それでも技術力と信用を武器に事業を継続。オリンピック関連案件や放送設備の需要を支えに危機を乗り越えた。「不況や環境変化があっても、現場で故障しない品質を提供し続けることが信頼を守る唯一の道」と日比野氏は振り返る。
システムインテグレーションへの注力
現在、同社が力を入れているのは音響・映像・照明・制御・ネットワークのシステムインテグレーションである。かつて会議やイベントでは、プロジェクターやスクリーンをその都度持ち込み、天井から吊るして設置し、照明を落とすなど、個別に作業をしていた。