「マーケティングとは、人の心を動かし、記憶に残るものをつくることだ。」
これは、私が常日頃からクライアントの皆さまにお伝えしていることです。
形のない「戦略」や「データ」といった話ばかりが先行しがちですが、最終的に人の行動を促すのは、感情に訴えかける「何か」です。そして、その「何か」の究極の形の一つが、ブランドを象徴するロゴやデザインではないでしょうか。
今回は、誰もが知るあのキャンディーのロゴにまつわる、驚くべきストーリーをご紹介します。そこに隠された、マーケティングの本質を紐解いていきましょう。
サルバドール・ダリが描いた、たった1時間のデザイン
皆さんは、チュッパチャプスのロゴが誰によってデザインされたかご存じですか?
実は、あのユニークでカラフルなロゴは、シュルレアリスムの巨匠、サルバドール・ダリによって描かれたものです。

1969年、チュッパチャプスの創業者エンリケ・ベルナットは、自身の友人であるダリに「チュッパチャプスのロゴをデザインしてほしい」と依頼しました。この依頼に対し、ダリは驚くべきスピードで、たった1時間でロゴの原案を描き上げたと言われています。
彼が描いたのは、誰もが知るヒナギクの花のモチーフです。しかし、ただ花を描いただけではありませんでした。彼はこうアドバイスしたのです。

「ロゴは、棒付きキャンディーの真上、パッケージの一番目立つ場所に配置しなさい。」
この一見シンプルに見えるアドバイスこそ、マーケティングの深い洞察に基づいた、まさに天才的な閃きでした。

なぜ、ダリのアドバイスは天才的だったのか?
このエピソードは、単なるアートとビジネスのコラボレーションではありません。ここには、現代のマーケティングにも通じる重要な教訓が凝縮されています。
1. 物理的な接点を考慮する
当時のチュッパチャプスのロゴは、キャンディーの側面に印刷されており、棒で持っている間に見えづらくなっていました。ダリは、消費者が商品と「どう物理的に接するか」という、きわめて現実的な視点を持っていました。
人は、商品を手にとり、口に運ぶ際、自然と視線がロゴに集まります。ダリは、その視線の動きを正確に捉え、ロゴを最も見えやすい場所に配置することを提案したのです。これは、デジタルマーケティングにおける「ユーザーインターフェース(UI)」や「ユーザーエクスペリエンス(UX)」の設計思想と全く同じです。
どんなに美しいデザインも、ユーザーが目に触れる機会がなければ意味がありません。ダリは、無意識のうちに「タッチポイント」の最適化を提唱していたのです。
2. ブランドの一貫性を守る
ヒナギクの花のロゴは、シンプルで覚えやすく、子供から大人まで親しみやすいデザインです。そして、そのロゴは、チュッパチャプスのブランドイメージである「楽しくて、明るい、幸せな時間」を完璧に表現しています。
ダリは、芸術家としての創造性を発揮しつつも、チュッパチャプスというブランドが持つ本質的な価値から逸脱することはありませんでした。彼は、ブランドの個性を深く理解し、その個性を際立たせるためのデザインを創り上げたのです。
これは、現代のマーケティングにおいて「ブランド・アイデンティティ」を確立する上で不可欠な要素です。ロゴ、ウェブサイト、SNS投稿、広告…すべてのタッチポイントで一貫したメッセージとトーンを保つことが、強力なブランドを築き上げる鍵となります。
マーケティングの専門家として、このエピソードから何を学ぶか
私たちは、このダリとチュッパチャプスのエピソードから、以下の3つの重要な教訓を学ぶことができます。
教訓1:デザインは、単なる装飾ではない。戦略である。
ロゴやデザインは、単に見た目を良くするためのものではありません。それは、ブランドの物語を伝え、消費者の記憶に残り、購買行動を促すための強力な「戦略ツール」です。
教訓2:ユーザーの視点に徹底的に立つ。
「誰が、いつ、どこで、どのように商品を使うか?」を徹底的に考えること。ダリのように、消費者の行動パターンを深く洞察することで、本当に効果的なデザインやマーケティング施策を生み出すことができます。
教訓3:シンプルさの中に、本質を込める。
ダリがたった1時間で描いたロゴは、まさにシンプルさの極みです。しかし、その中には、ブランドの本質、タッチポイントの最適化という、深いマーケティングの知恵が詰まっていました。
このエピソードは、どれほどテクノロジーが進歩しようとも、マーケティングの本質が「人の心を動かす」ことにあることを改めて教えてくれます。
あなたのビジネスにおいて、ロゴやデザイン、あるいはウェブサイトやSNSの投稿は、本当にユーザーの心を動かし、記憶に残るものになっているでしょうか?
もし、少しでも疑問を感じたなら、このエピソードを思い出してみてください。そして、あなたの「ブランドのヒナギク」を、一番輝く場所に配置する工夫を考えてみてはいかがでしょうか。
著者プロフィール

安藤 芳樹
「セブンチャート仕事術」開発者。セブンチャートインストラクター、オフィスミラクス代表
広告代理店(ADK)に勤務しながらドラッカーを実践。「5つの質問」で企業トップとの事業の定義を合意しながら経営者視点で商談を進め顧客に認められる。40歳の頃、ビジネス観や人生観に普遍の基盤をもちたくドラッカーに目覚める。その知見体得のために試行錯誤してたどり着いたのが「セブンチャート仕事術」。その体得のためにやった反復訓練は30000ページのチャートを作るにいたり、今も増殖中。さぬきうどんブームの仕掛け人であり、映画「UDON」のトータス松本の役柄モデルでもある。立教大学卒業。2021年12月23日 初の著書「チャートで考えればうまくいく」を上梓。