「営業経験がある人を採用すれば、育成は不要なのでは?」
このような声を、営業マネージャーや経営者から聞くことは少なくありません。確かに、過去の実績や経験がある営業人材は、短期的な成果を上げることができるでしょう。しかし、果たしてそれで組織全体が成長し、持続的な事業拡大に結びつくのでしょうか。
本記事では、「考えて動ける営業=自律型営業」を育てることの本質と、その実現に向けて企業が取り入れるべき仕組みについて、実例を交えながら解説します。「営業は勘と経験」が通用しなくなりつつある今、再現性のある営業力と育成文化が競争力を左右すると言っても過言ではありません。
目次
第1節:なぜ“営業経験者”だけでは成長が止まるのか
営業経験者は、確かに即戦力として期待されます。しかし、彼らが過去に成功した営業スタイルが、必ずしも今の貴社に適しているとは限りません。特にIT業界やBtoB領域では、市場の変化が早く、お客様のニーズも複雑化してきています。
たとえば、あるITサービス企業では、営業社員すべてが「経験者採用」でした。入社直後は一定の成果を出していたものの、半年後には成績にバラつきが生まれ、組織としての営業力は頭打ちに。その要因は、営業活動の属人化でした。つまり、「誰が、なぜ売れているのか」がマネージャーにも共有されておらず、他のメンバーも再現でができないという問題です。
営業に必要なのは、単に感や経験ではなく、状況に応じて柔軟に対応できる“思考力”と“行動力”です。そしてそれは、環境と仕組みによって育てることができるスキルなのです。
第2節:研修ではなく“日常の中”で育てる営業力
「人材育成=外部研修」と思っていませんか? 実際、多くの企業が年に1〜2回の営業研修を実施していますが、それだけでは不十分です。営業に必要なのは、知識だけでなく実践の中で思考し、改善する力だからです。
効果的な営業育成とは、日々の業務に“学びと振り返り”の仕組みを埋め込むことです。たとえば、次のような取り組みが非常に効果的です:
- アカウントプランニングセッション:重要なお客様に対して、中長期的な関係性構築と課題設定を行う機会
- 仮説検証ソリューション提案:提案前の段階でお客様のビジネスを分析し、仮説を立てて戦略を練るための事前準備
- 週次営業会議の構造化:単なる数字の報告会から、案件ごとの戦略と行動の振り返りに重点を置くスタイルへ転換
こうした仕組みを継続することで、営業パーソンは「どうしたら売れるか」「なぜうまくいかなかったか」を考える習慣が身につき、実践知が蓄積されていきます。
第3節:テンプレートと仕組み化が営業育成を加速する
「テンプレート化すると、営業がみんな同じになってしまうのでは?」と懸念する声もあります。いわゆる“金太郎飴の営業”を心配するのです。
しかし、それは誤解です。本来のテンプレートの役割は、「思考の型」を共有し、経験が浅いメンバーでも一定レベルの戦略的営業ができるようにするためのスタートラインを提供することです。そこに個々の工夫や強みを加えることで、再現性と個性が両立します。
IBMのエンタープライズの全営業メンバーが共通の「テンプレート」を活用していました。そのテンプレートには「顧客のビジネス課題」「期待される成果」「提案の目的と差別化ポイント」などの項目が記載されており、記入することで自ずと仮説と論理展開を整理することができます。
このテンプレート導入により、提案書の質が均一化し、顧客からの信頼度が向上します。
第4節:営業マネージャーの役割は“指導者”から“コーチ”へ
営業パーソンの自律性を育てるためには、マネージャーの関わり方も進化する必要があります。従来の「指導者」スタイル、すなわち「売れ」「数字を出せ」という圧力型のマネジメントでは、思考は生まれません。
今求められるのは、“コーチ型”マネージャーです。コーチは答えを与えるのではなく、「なぜそう考えたのか?」「次にどう動くか?」と問いかけを通じて、営業パーソンの内面から考える力を引き出します。
営業パーソンのポテンシャルを引き出すのは、ツールではなく“対話”です。マネージャーの問いかけひとつで、営業チーム全体の思考レベルが変わります。
まとめ:営業力強化のカギは“組織全体の学習文化”にあり
「いつ売れるの?」「売上はいくら?」と問うだけの営業会議では、提案力も営業力も上がりません。重要なのは、自ら考えて行動できる“営業の土壌”をつくることです。
テンプレートで思考の流れを整え、日常業務の中に学びの場をつくり、マネージャーがコーチとしてメンバーの成長を支援する――こうしたサイクルを日々回すことこそが、営業組織の本当の底上げにつながります。
“育てなくても売れる営業”ではなく、“育てることで売れる営業組織”にすることが、事業規模の拡大、売上げ拡大には重要な要素となります。
著者プロフィール
加藤 夏美
N.K.ナーツ株式会社 代表取締役
中央大学卒業後、証券会社にて個人向けの飛び込み営業2年経験後、外資系IT総合メーカー企業である日本IBMへ転職し25年にわたり法人営業を行う。2020年には日本の営業では20名しか選ばれないグローバルのトップパフォーマーに選出され最高サラリー年収6602万円。
現在は、IBM流の成果につながるセールスイネーブルメントの構築・運営支援、IBM流の提案力アップのコーチング(セールス・エンジニア向け)、レンタル営業部長、レンタル営業企画により企業の営業部門の課題解決を行なっている。