時計メーカーとして70年以上の歴史を持つリズム株式会社。しかし、現在の同社を支えるのは、祖業のクロックだけではない。自動車や家電、光学機器などに使われる精密部品を手掛ける「精密部品事業」と、クロックに加えファンや加湿器などの快適品を展開する「生活用品事業」が、事業の柱となっている。
その転換は、順風満帆に進んだものではなかった。国内クロック市場の長期縮小、国内工場の空洞化、過去の成功体験から抜け出せなかった組織。2020年の国内グループ3社統合を機に、同社は事業と組織の構造改革に着手した。
代表取締役社長の湯本武夫氏が掲げるのは、「当たり前のことを、当たり前にやる」経営である。リズムは何を変え、何を取り戻し、その先にどのような成長を描いているのか。
■Interviewee
リズム株式会社 代表取締役社長 湯本 武夫氏
クロック市場を変えたのは、スマートフォンだけではない
リズム株式会社は1950年、リズム時計工業株式会社として創立した。水晶時計やからくり時計、美術時計などを展開し、国内外に販路を広げ、わずか20年あまりで世界一のクロックメーカーに成長した。
しかし、国内クロック市場は30年ほど前から縮小を続けてきた。一般には携帯電話やスマートフォンの普及が理由に挙げられるが、湯本氏はそれだけではないと話す。
「私たちが若い頃は、テレビに時刻表示がありませんでした。それがテレビに表示されるようになり、その後は携帯電話を持つようになった。デジタル化によって、あらゆるものに時計が組み込まれるようになったことが大きかったと思います」
マンション住まいが増え、壁に時計を掛けにくくなったことや、生活様式、流通構造、人々の時間に対する意識の変化も重なった。「時刻を確認するためだけの時計」の必要性が、徐々に薄れていったのである。
生産体制にも変化があった。1980年代から1990年代にかけて、国内賃金の上昇や円高を受け、同社はクロック生産を中国へ移管した。しかし、それによって時計部品を製造していた国内工場は空洞化し、十分な方向転換がなされないまま厳しい状況へと追い込まれていった。
「もっと早く変わるべきだった」という反省
市場が縮小すれば、生産量も減る。そこに原材料費や人件費の上昇が重なれば、製品一つ当たりの原価を下げることは難しい。
それでも売上拡大を求められた営業は疲弊し、工場には生産量が減るなかでコスト低減が求められた。組織の各所にひずみが蓄積していったと、湯本氏は振り返る。
「もっと早い段階で、このままではやっていけないと判断し、方向転換をすべきでした。市場が長年縮小していたにもかかわらず、過去の事業にしがみついてしまった。できないことをやろうとしていたとも言えます」
かつて大きな成功を収めた事業ほど、転換の判断は難しい。しかし、既存市場が縮小するなかでの現状維持は、実際には後退を意味する。
湯本氏は、経営者には5年後、10年後の姿を示す責任があると考えている。
「10年先を正確に当てる必要はありません。富士山に登るのか、筑波山に登るのか。その方向だけでも決めなければ、必要な準備はできません」
未来の方向を示さず、目の前の売上だけを求めても、社員は夢を持てない。改革の出発点は、会社が向かう先を明確にすることだった。
3社統合から始まった構造改革
転機となったのが、2020年の国内グループ3社の統合である。
クロックを中心とするリズム時計工業株式会社に、プラスチック精密部品などを手掛ける東北リズム株式会社、接続端子部品などを扱うリズム協伸株式会社が加わり、現在のリズム株式会社が誕生した。
現在は、超高精度のプラスチック部品や接続端子部品などを自動車、家電、光学機器へ供給する精密部品事業と、クロック、ファン、加湿器などを扱う生活用品事業を展開している。
統合は、社名や組織を一つにするだけのものではなかった。人材や技術、生産設備を横断して活用し、グループ全体の事業構造を立て直すための改革だった。
湯本氏が繰り返したのが、「当たり前のことを、当たり前にやる」という言葉である。
製造業である以上、利益は製品を適正な数量で生産し、適正な価格で販売することで生まれる。工場を単なる仕入れ先のように捉え、生産量を減らしたまま原価だけを下げようとしても、事業は成立しない。
「口で間違っていると言うだけでは分かりません。なぜ違うのかを説明して、こうしてみようと一緒に取り組む。そして実際に成果が出る経験をしてもらう。その積み重ねが必要でした」
構造改革には数年を要した。湯本氏は、2024年までに過去の問題をおおむね正し、2025年からは将来に向けて成長を積み上げる段階に入ったと捉えている。
取り戻すべき原点は「人々に喜ばれる製品」
リズムの経営理念の第一には、「人々に喜ばれる製品・サービスを創造する」と掲げられている。
湯本氏は、この言葉こそ同社が最も大切にすべき本質だと考える。一方で、業績が低迷し、目の前の数字に追われるなかで、その原点を一時的に置き忘れてしまったのではないかとも感じている。
「お客様や、さまざまなステークホルダーに喜んでもらえる仕事をしているか。何を考えるにしても、最後はそこに行き着くと思っています」
工場で製品を組み立てる人も、目の前の工程を終えればよいわけではない。その製品を手にした人が喜んで使ってくれるだろうかと考えながら仕事をすれば、品質への向き合い方も変わる。
かつてのリズムには、大手メーカーに追いつけ追い越せの強い思いがあり、より良い製品をつくろうとする執念があった。販売面においても、主導であった代理店を後押ししながら、リズムの営業マンが小売店を直接訪問する営業網を展開し、市場に一歩近づいた営業活動で驚異的な市場シェア拡大を実現した。
湯本氏が取り戻そうとしている「リズムらしさ」とは、過去の製品や販売網を復活させることではない。良い製品をつくり、顧客に届けるために、既存のやり方を疑い、挑戦する姿勢である。
精密部品と「快適品」を貫く、顧客起点のものづくり
精密部品事業でリズムが強みとするのは、高い精度と安定した品質だ。
同社は、1,000分の1ミリ単位の精度が求められる精密金型をはじめ、プレス部品、プラスチック部品、接続端子部品などを製造している。部品のわずかな誤差が顧客の生産ラインを止めることもあるため、安定した品質の積み重ねが信頼につながる。
ただし、提供価値は部品の精度だけではない。顧客の自動生産ラインへそのまま投入できるよう、部品を専用テープに内包してロール状にするなど、供給形態まで設計することもある。
営業活動でも、購買部門との価格交渉だけで終わらせない。
「できるだけ製品開発の段階から一緒に取り組むようにしています。技術部門の方と話をすると、どのような製品をつくりたいのかが分かる。そこで、量産時の工数を減らす方法まで提案できます」
一方、生活用品事業では、クロックメーカーとして培った「時」の考え方を、「良い時を過ごすための製品」へ広げている。ファンや加湿器などを、暮らしにゆとりや快適さを生む「快適品」と位置づける。
代表的な製品の一つが、潜水艦のスクリューの原理に着想を得た「2重反転ファン」を採用したハンディファンだ。後ろの羽根で空気を強力に吸い込み、前の羽根で押し出す独自の構造により、小型でありながら圧倒的な風量を生み出す。置いた際に振動しにくい設計や、首から下げて使える形状など、利用場面を考えた工夫も盛り込んでいる。
「同じように見える製品でも、一味も二味も違うものをつくりたい。製品ごとに、2つ、3つは自信を持てるこだわりを入れようと話しています」
精密部品と生活用品は異なる事業に見える。しかし、顧客の工程を快適にすることと、生活者の時間を快適にすることは、「使う人に喜んでもらう」という点でつながっている。
取引先ではなく、その先の市場を見る
湯本氏が営業部門に繰り返し伝えているのが、「取引先だけでなく、市場を見る」という考え方だ。
生活用品では、販売店へ納入した時点で営業活動が終わるわけではない。商品が消費者へ実際に売れたかという「セルアウト」まで考える必要がある。
「販売店へ売り込むのではなく、販売店と一緒に、どうすれば消費者に売れるかを考える。それを増やすことが営業の仕事です」
精密部品でも同様だ。購買担当者の前にある価格だけでなく、部品が組み込まれる完成品や、その先の市場まで理解する。顧客が何に困っているのか、自社の部品でどう解決できるのかまで考えることで、単なる供給業者ではなく、製品を共につくる協業者になれる。
市場を見る姿勢は、ハンディファンの販売拡大にも表れた。過去の販売実績だけで可能性を判断せず、国内人口や利用者層から市場規模を捉え直し、営業チームに挑戦を促した。
一方で、売れ残った場合の対応策は経営側で準備し、営業担当者が挑戦できる環境を整えた。
「営業は絶対、自信を持って元気にやらないとダメです。しんどい時やうまくいかない時もあるからこそ『失敗したら俺が責任を取る。万が一売れ残ったら海外で販売する準備もしておくから、安心してチャレンジしてくれ』と伝えました」
挑戦を求めるだけでなく、失敗した場合のリスクを想定して自ら引き受ける。そこに、長く営業畑を歩んできた湯本氏のリーダーとしての覚悟が表れている。
届いていない人へ、快適な時間をどう届けるか
生活用品事業の今後を考えるうえで、湯本氏が注目しているのが、現在の流通や情報発信では商品情報が届きにくい年配層である。
EC市場は拡大しているが、すべての人がインターネット上で商品を検索し、比較して購入しているわけではない。暮らしを快適にする製品があっても、その存在を知らなければ選択肢にはならない。
「特に年配の方は、ECサイトを頻繁に見るわけでも、量販店の売り場を歩き回るわけでもない。流通から取り残されている部分があると思っています」
年齢を重ねれば、暑さや寒さ、身体の負担など、日常の不便を感じる場面も増える。だからこそ、快適に過ごすための製品を必要としている可能性がある。
湯本氏は、年配層に向けた製品のアイデアを持ちながらも、どのような販路や伝え方で届けるかについては、まだ答えを探しているという。
製品を開発するだけでなく、必要とする人に情報を届け、実際に手に取ってもらうところまで設計して、初めて「人々に喜ばれる製品・サービス」になる。
10年先の夢を、社員と共有できる会社へ
事業の成長を支える組織づくりについて、湯本氏は、特別な能力や経歴を持つ人だけを集めればよいとは考えていない。
「普通の人で、向上心があって、誠実な人であればいい。会社がその人を一流に育てればいいと思っています」
湯本氏が考える一流の人材とは、難しいことを一度だけ成し遂げる人ではない。日々の仕事で求められる「当たり前」を理解し、それを一つずつ着実に実行できる人である。
一方、社員が努力や挑戦を続けるためには、会社が向かう未来を示す必要がある。
「従業員が10年先に夢を持てる会社にしたい。会社がどこを目指し、そのために今何をしているのかを説明する。1年、2年と進むなかで、このままなら10年後の姿を実現できそうだと感じられる会社にしたいと思っています」
クロック市場の縮小を経験したリズムは、過去の成功へ戻ろうとしているのではない。時計づくりで培った技術と精神を生かし、精密部品と快適品を通じて、新しい価値を生み出そうとしている。
人々に喜ばれる製品をつくる。市場を見て、必要とする人に届ける。そして、当たり前のことを一つずつ積み重ねる。その先に、リズムが目指す再成長の姿がある。

取材・文:Sales First Magazine編集部