再配達や人手不足、脱炭素──物流の「ラストワンマイル」はいま、社会課題の縮図になりつつある。この領域に挑むのが、配送プラットフォーム『DIAq(ダイヤク)』を展開する株式会社セルフィットの代表・宇佐美典也氏だ。元経産省官僚という異色の経歴を持ちながら、現場から始める構想と社会実装を貫いてきた宇佐美氏。「配送は、もはや社会インフラ」と語るトップがいま描く、物流再設計と組織づくり、そして“営業の定義”とは──。
経営者として、構想を“運べるかたち”にする
DIAqの構想が生まれたのは2016年。宅配便の再配達問題やドライバー不足が社会課題として注目されはじめた頃だった。きっかけは、親会社セルートの髙木社長の「物流版ウーバーをやってみたい」という一言。だが、それを“絵に描いた餅”で終わらせず事業化するには、構想だけでなく実装力が必要だった。
「配送って、最後は“誰がどう運ぶか”に尽きるんです。制度や構想を描くだけでなく、それを現場に落とし込み、動かせるかどうか。そこに経営の勝負があると思っています」
自身も官僚時代に制度運用や社会実装の現場を見てきた宇佐美氏は、「制度の裏側まで理解したうえで、それを“運べる構造”に変える力が、経営にも求められる」と語る。
「アイデア止まりではなく、制度や現場の制約条件も含めて設計し直すのが仕事。プロダクトや体験を社会に実装できなければ、構想の価値は半分以下になると思っています」
DIAqという新たな挑戦には、構想と実装を行き来しながら構造を描く力が必要だった。その視点を持った宇佐美氏がトップを務めるのは、必然だったのかもしれない。
営業ターゲットは“運び手”──配送員を支えるCRM発想
DIAqの最大の特徴は、“配送員こそ主戦場”とする営業戦略にある。サービスの拡大に不可欠なのは、荷主よりも「運ぶ人」の獲得と定着だと宇佐美氏は言う。
「荷物はある。でも、それを運んでくれる人がいなければ、ビジネスは立ちゆかない。だから私たちの“営業”は配送員に向いているんです」
配送員の登録やアクティベートにとどまらず、継続的に関係性を築くために、CRM的な取り組みも導入している。アプリを通じたメッセージ配信、稼働データに応じたフォロー、現場からのフィードバック体制など、配送員をプロダクトの“ユーザー”として扱っているのだ。
「例えば、ダイエットしながらお小遣いも稼げるとか、月に3-4日働いて4-5万円稼げるような設計にしています。大事なのは、気軽に関われて、でもちゃんと貢献実感が得られること」
副業や兼業といった柔軟な働き方のなかで、ラストワンマイルの担い手を“顧客”として支える営業スタイルは、これまでの物流業界にはなかった視点だ。
「分業×地域最適」──仕組みを設計し直す
DIAqのビジネスモデルは、セルートの自社完結型モデルとは大きく異なる。たとえば、7NOW(セブンナウ・セブン-イレブン即配)では倉庫から商品が地域ステーションに届き、そこからの個別配送は登録ドライバーが担う。「すべてを自社でやるのではなく、最適なプレイヤーを組み合わせて全体最適を実現する」のがDIAqの思想だ。
「物流は“1社で抱える時代”から、“多様な担い手をつなぐ時代”に移ったと思います。それを支えるのが設計とテクノロジーです。人もモノもリアルに動く世界だからこそ、つなぎのデザインが肝心なんです」
この分業モデルは、地域ごとに違う商圏や生活スタイル、交通事情にも柔軟に対応できる。ステーションやドライバーの構成も、都市部と地方では異なるという。
背景には、セルートが長年培ってきた医療物流の高品質な運用体制がある。-70℃の薬剤輸送や精密機器のデリバリーなど、ミスの許されない現場で構築されたノウハウが、DIAqの根幹にも息づいている。
分社で得たスピードと裁量、そして構想実装の自由
2024年4月、DIAqはセルートから分社し、株式会社セルフィットとして独立。背景には、「構想を自由に実装できる環境が必要だった」という明確な意思があった。
「セルートという基盤があったからこそ挑戦できた側面もありますが、やはりプロダクトや市場のスピード感に対して、組織の構造が重たいと感じる場面も多かった。社会実装ってタイミングが命なので、1つの意思決定の遅れが大きな損失にもつながります」
分社により、営業・開発・サポートいずれも100%事業に集中できる体制が整った。社外のエンジニアやデザイナーとも積極的に連携し、必要なリソースをスピーディーに投入している。いまはプロダクト開発のフィードバックループが早く回り、現場起点での改善も随時反映できるようになったという。
「自律したチームで社会に向けた実装をやり切る。そのための構造と文化をつくるのが、いまの私の仕事です」
社会インフラを設計し直すというビジネス
宇佐美氏が描く未来には、配送という枠に収まらない広がりがある。
三菱商事とENEOSの合弁会社・Life Hub Networkとの物流ハブ連携など、配送網のハード面も再構築されつつあるなかで、彼の視線は「社会の仕組み」そのものに向いている。
「配送ネットワークが整えば、高齢者の見守りや防災にも使えるし、都市のスマート化にもつながります。最終的には、社会を支える回路になっていくと思っています」
都市と地方、企業と住民、物流と福祉。こうした領域の境界線が溶け始めるいま、DIAqは“誰が、どう運ぶか”を起点に、新たなインフラの姿を描こうとしている。
(取材・文・写真:Sales First Magazine編集部)