東大発スタートアップとして、医療・創薬領域にAIで挑む エルピクセル株式会社。画像診断支援AI「EIRL(エイル)」や創薬支援AI「IMACEL(イマセル)」の開発・提供を通じ、医療の質向上と創薬・アカデミア研究の効率化に貢献してきた。技術力はもちろん、同社の強みは“売ること”にとどまらない営業・提案力にある。導入障壁が高い医療業界で、どのように顧客の信頼を獲得し、導入を広げてきたのか──同社代表取締役社長CEOの鎌田富久氏に、営業と組織の裏側、そして社会実装の現在地を聞いた。
「技術だけでは売れない」から始まった、営業戦略の再定義
「EIRLやIMACELといったAI製品は、診療や創薬といった本質的な行為に踏み込むものです。だからこそ、“導入するかどうか”ではなく、“どう社会に受け入れてもらうか”まで考えないと営業は成り立たない」
そう語るのは、2020年より同社代表を務める鎌田富久氏だ。元々は支援者・社外取締役としてエルピクセルに関わっていた鎌田氏。だが、創業者の不祥事と経営危機をきっかけに、当時すでに厚労省の薬事承認を受けていたEIRLを社会に届けきるべく、自ら当事者として経営を引き継いだ。
支援者から当事者へ。そして、ディープテック企業として「営業が鍵を握る」と腹を括ったその瞬間から、鎌田氏は組織と提案のつくり方を抜本的に変えていく。
医療AIの営業は「構想提案」である
「製品を“売る”というより、社会に“実装する”ための導入ストーリーを顧客と一緒に描く。それが私たちの営業です」
画像診断支援AI「EIRL」は、すでに全国で1,000施設以上に導入されている。しかし、全国には約18万の医療機関が存在する。1%にも満たないこの数字は、同時に、医療現場におけるAI導入のハードルの高さも示している。
病院における導入には、診療報酬制度、倫理委員会の承認、スタッフ教育、ITインフラ整備など、複数のレイヤーが関係する。また、医療行為の根幹に関わる以上、「便利だから」という理由だけでAIを採用することはない。
「患者さんの命に関わるからこそ、慎重な議論を積み重ねた上で、ようやく導入に至ります。そのハードルを乗り越えるには、“何が起きるかを共に想像し、実装の道筋を描けるか”が問われるのです」
第一三共との提携に学ぶ──DXを共に構築する営業とは
創薬支援AI「IMACEL」は、製薬企業に導入され、実験画像などの解析業務をはじめ、創薬プロセスの各フェーズを支援している。代表事例の一つが、第一三共との全社的な取り組みだ。
「第一三共さんとは、ちょうどDX推進のタイミングが重なり、全社でAI活用の可能性を探られていました。我々も“ただ製品を使ってください”ではなく、“社内でAI活用をどう定着させるか”という視点から提案を行いました」
同社では、IMACELの価値を理解してもらうために、社内勉強会の開催、業務フローとの整合性確認、現場とのPoC支援などを実施。結果として、AIの単体導入ではなく、部門横断の運用体制が構築され、全社でのスケールにつながった。
「営業とは、売ることではなく、実装の道筋を設計することだと改めて感じました。製品理解は当然として、社内文化や意思決定の構造にまで深く踏み込む必要があります」
ハイブリッド人材の力──営業責任者は研究者出身
こうした提案を可能にするのは、社内に存在する「ハイブリッド人材」の存在だ。AI技術に理解があり、かつ医療・製薬分野の知識もある──そんなメンバーが営業チームに多数在籍している。
「営業責任者の一人は研究者出身ですし、他のメンバーも元医療機器メーカーや画像診断のエンジニアなど多彩です。共通するのは“現場の痛み”を知っていることですね」
医療の世界では、言葉の定義一つを誤っても信頼を損ねかねない。だからこそ、エルピクセルでは医師や研究者との共通言語を話せる人材を育て、同時にビジネス感覚を磨くという方針をとっている。
また、営業メンバーは製品開発チームとも近い距離で連携しており、顧客の声が直接プロダクト改善につながる循環が回っているという。
社内カルチャーが営業を変える──“未来創造実験”の精神
鎌田氏が就任後に全社で共有したカルチャーの一つが、「未来創造の実験」というコンセプトだ。
「社会課題が重たい業界だからこそ、“理想の未来を構想する力”が必要です。営業も例外ではなく、“今の課題に対応する”だけでなく、“5年後10年後にどう使われるべきか”を提案できなければ勝てません」
EIRLを医療施設に導入するために、医師のワークフローを分析し、出来るだけ既存のフローを変えずに導入する方法を構築した。IMACELにおいても、研究現場のプロセスを分解・再構築したうえで製品設計が行われた。これらの経験が、営業にも「想像から始める提案文化」として根付いている。
東南アジア展開と販売パートナー網──構造営業をどう広げるか
現在、EIRLは国内1,000施設超に導入されており、全国約18万の医療機関のなかで着実に存在感を広げている。販売チャネルとしては、30社以上の販売パートナーと提携し、共同で営業・導入支援を行っている。
さらに、海外展開も加速中だ。すでに東南アジア6カ国での販売及び販売準備を進めており、医師不足という構造課題を抱える現地の医療機関での導入が進んでいる。
「医師が足りないという前提の国では、AIが“代替”ではなく“必需”になるケースが多い。現地のパートナーと協力し、社会に受け入れられるモデルをつくっていきたいですね」
「構想できる営業」が、未来をつくる
医療や創薬という専門領域にAIを導入するには、単なるセールストークでは通用しない。製品理解はもちろんのこと、制度、倫理、組織構造──多層的な要素を理解し、顧客と“構想を描く”姿勢が求められる。
「営業は会社の顔である以上に、未来の共創者だと思っています。医療を変えるためには、現場に入り込み、信頼を得て、実装まで一緒に走る必要がある。それができる営業は、どんな領域でも通用する力になると信じています」
社会実装という言葉が注目されるなか、その最前線に立ち、顧客とともに未来を構想する。エルピクセルの営業は、“売らない営業”でも、“押し売りしない営業”でもない。「構想で信頼をつくる営業」である。
(取材・文・写真:Sales First Magazine編集部)