「お客様は毎日の訪問を求めなくなった。」
「ITスキルを使う営業担当者が受注する時代になった」──流体計測の専業メーカー・株式会社オーバルで、70年続いた顧客密着型営業が変わろうとしている。SFA導入、過去データのデジタル化、そして“攻めのサービス”戦略。
谷本淳社長が語る、成熟BtoB企業の営業変革とは。半導体や二次電池など新市場を追い風に、アジアでのプレゼンス拡大を目指す同社の挑戦を追った。
顧客密着型の原点──“煙突商法”から生まれた信頼文化
「戦後の高度成長期、営業はまさに“煙突商法”でした。煙突がある場所を回れば仕事が取れる。そんな時代に、設備投資の波とともに事業を拡大してきました」と谷本氏は笑う。
オーバルは1949年の創業以来、流体計測の精度向上を通じて社会インフラを支えてきた。創業者・加島淳氏が、元日産自動車社長の村上正輔氏が発明した楕円歯車(オーバルギア)を流量計に応用したことが出発点だ。動力機械用の部品を計測機器へと転用する“発想の転換”が、同社のものづくりの原点となった。
以来、“正しくはかる”技術を磨き続け、石油・化学・発電・食品など、精密計測が求められる分野で確固たる信頼を築いてきた。
「営業の基本は、現場でお客様と信頼関係を築くことです。これまでも一つひとつの取引を丁寧に積み上げてきました」。長年の顧客密着型営業が、同社のブランドの根底にある。
BtoB営業の構造──エンドユーザーに“指定”される戦略
一方で、流量計のような産業機器は更新タイミングが長く、BtoB営業特有の“波”がある。
「BtoCと違い、工場の更新や新設といった投資タイミングが注文に直結します。だからこそ、常に顧客の設備計画を把握しておく必要がある」と谷本氏は語る。
さらに複雑なのが、BtoB特有の三者間構造だ。オーバルの製品は、最終ユーザー(工場・プラント運営企業)が使用するが、実際の発注はプラントメーカーが行うケースが多い。
「最終ユーザーから『オーバルの製品を使いたい』と指定していただくことが重要です。プラントメーカーに営業するだけでなく、エンドユーザーとの信頼関係をいかに築けるかが勝負になります。」
製品の性能だけでなく、長年の実績と保守体制への信頼が、“指定される”力になる。この三者間の力学を理解し、最終ユーザーに深く入り込む営業戦略が、同社の強みを支えている。
攻めの営業へ──サービスと保全から生まれる“次の提案”
同社が構築したのが、保守・校正を担うサービス技術員が現場に入り、メンテナンスや更新提案を行う「攻めのサービス」体制だ。
「サービススタッフが顧客と直接対話し、設備更新の兆しをつかむ。その情報が営業にフィードバックされる仕組みができました。」
信頼に基づく関係を、再提案や新規需要へとつなげる。製品を“納めて終わり”にしない営業構造が、安定成長を支えている。
さらに、同社の流量計には計量法に基づく JCSS(Japan Calibration Service System:計量法校正事業者登録制度)認証があり、定期的な校正ニーズも発生する。気体・水・石油の3区分すべてで認証を取得している強みを活かし、自社製品のみならず他社製品の校正サービスも展開。顧客との接点を広げている。
同時に、販売チャネルの最適化も進めている。
「直販だけでは限界があります。全国をカバーするために、代理店網の拡大にも力を入れています」と谷本氏。近年は代理店向けの勉強会を定期的に実施し、製品知識の共有と顧客対応品質の均一化を図っている。
代理店とメーカーが連携し、エンドユーザーとの信頼関係を基盤に構築された営業体制が、同社の競争力を支える。
DXがもたらす変化──営業の属人化を超えて
近年、同社は営業・業務領域のDXにも注力している。
「長年、営業情報が個人に蓄積される形になっていました。それを組織で共有・活用できるようにすることが課題でした」と谷本氏。
そこで導入したのがSFA(Sales Force Automation)だ。
「デジタル化は目的ではなく手段。情報を見える化し、営業が顧客と向き合う時間を増やすことが狙いです。」
SFAの導入によって、案件情報・見積履歴・商談進捗が一元管理され、若手営業でも顧客対応の質を担保できるようになった。経営層がリアルタイムに営業状況を把握できる体制も整い、情報の属人化から脱却。組織全体で“営業の再現性”を高める仕組みづくりが進む。
世代交代が迫る営業の転換点──対面からデジタルへ
「最近お客様には、毎日訪問しなくていいと言われることが増えました」と谷本氏は率直に語る。
長年、BtoB営業の基本とされてきた「足繁く通う」スタイルが、変わりつつある。メールやWeb会議で十分という顧客も増え、ITツールを使いこなす営業担当者が成果を上げるケースも出てきた。
「従来は対面での営業活動が主流でしたが、現在はデジタルコミュニケーションの方が効率的な場合もある。デジタルツールに慣れた営業担当者が成果を上げるケースも見られます。」
経験値とデジタルスキル。両者をどう融合させるかが、これからの営業組織の課題だという。一方で、技術的な深い対話や信頼構築には対面の価値も残る。状況に応じた使い分けが求められる時代になった。
展示会からWebへ──変わるリード獲得とマーケティング専門部署の設置
同社では新規顧客開拓の手法も多様化している。
従来は展示会での名刺交換が主要なリード獲得源だったが、近年はWebサイトからの問い合わせが増加。
「ホームページ経由の引き合いも増えており、それに対応するためデジタルマーケティングの専門部署を設置しました」と谷本氏。
展示会という“プッシュ型”と、Web検索による“プル型”。両輪を回すことで、より幅広い顧客接点を確保する体制が整いつつある。マーケティング部門は近年人員を増やしており、リード管理から育成までの仕組みづくりを進めている。
「ニッチな産業機器だからこそ、的確に情報を届けることが重要。デジタルの力で、これまでリーチできなかった潜在顧客にも出会えるようになりました。」
過去の資産を未来に変える──納入データのデジタル化と予測営業
DX推進のもう一つの柱が、レガシーデータの活用だ。
「何十年分もの納入実績が紙で残っていました。それをデジタル化し、顧客の設備更新時期を予測できるようにしています。」
膨大な過去データから、いつ・どこに・何を納入したかを分析し、メンテナンスや更新提案のタイミングを見極める。経験と勘に頼っていた営業を、データドリブンな予測型営業へと進化させる試みだ。
「紙の情報を眠らせておくのはもったいない。デジタル化することで、営業の精度が格段に上がります。」
このデータ基盤はSFAとも連携し、営業担当者が過去の取引履歴や製品仕様を瞬時に参照できる仕組みになっている。顧客ごとの最適な提案を、組織の資産として活用する──成熟企業ならではのDX戦略がここにある。
グローバル市場への展開──アジアでのプレゼンス拡大を目指す
オーバルの海外売上比率は現在約2割。これまで欧米市場も含め幅広く展開してきたが、今後はアジアを重点エリアに据える。
「中国・韓国・東南アジアに拠点を持ち、メンテナンスを含めた長期関係を築いていきます。海外の営業は、単に販売するだけではなく、現地の認証取得やサポート体制の整備が不可欠です」と谷本氏。
特に、防爆認証など国ごとに異なる安全規格への対応は時間と労力を要する。
「海外ごとに規格が違うので、まずはアジアで信頼を積み上げ、次の展開につなげたい。」
中国・安徽省の合肥工場では、かつて日本向けが中心だった生産を現地供給型に転換し、現在は売上高の7〜8割を中国・韓国など海外市場に供給している。現地生産・現地販売の体制が整いつつある。
「Imagination 2028」──構造改革から成長フェーズへ
中期経営計画「Imagination 2028」では、売上高200億円を目標に掲げる。半導体や二次電池、水素・アンモニアなど新市場を重点領域とし、事業ポートフォリオを再構築中だ。
「脱炭素化の中で“正しくはかる”という当社の役割はさらに重要になります」と谷本氏。構造改革から成長フェーズへ──新領域への展開が企業変革の柱になっている。