スマートフォン黎明期からアプリ事業に取り組み、OMO(Online Merges with Offline)領域で確かな存在感を示す 株式会社アイリッジ。創業から17年、同社は“先行優位性”を軸に、独自の営業戦略と組織体制を築き上げてきた。
代表取締役社長・小田健太郎氏への取材を通して、エンタープライズを中心とした深耕営業、事業に応じた柔軟な営業組織、そして成長を支える「営業×マーケティング一体型」の指揮体制に迫る。
スマホ黎明期に築いた「先行優位性」を武器に
「実績と経験、ノウハウ。これが我々の競合優位性の源泉です」──株式会社アイリッジ代表取締役社長の小田健太郎氏は、営業戦略についてそう語る。
2008年8月の創業。iPhoneの日本上陸わずか1ヶ月前というタイミングでスタートを切った同社は、スマートフォンアプリ市場の草創期から一貫してこの領域に取り組んできた。現在では、大手・上場企業を中心とするクライアントにOMOアプリを提供し、確固たるポジションを築いている。
「Tech Tomorrow――テクノロジーを活用して、わたしたちがつくった新しいサービスで、昨日よりも便利な生活を創る。」という企業理念のもと、スタートアップから300人規模の企業へと成長する中で培われた、独自の営業戦略と組織設計に迫る。
実績評価による新規顧客獲得の好循環
アイリッジの営業戦略は、「先行優位性」を活かした実績ベースのアプローチが中核にある。
「創業当初から、新しいことをやりたいと考える企業様が一定数いらっしゃいました。当時はまだ大手企業でスマートフォンアプリに取り組む会社は少なかったため、われわれのようなスタートアップでも、先進性を評価していただけたのです」
この初期の経験は、同社営業のスタイルを築く上で大きな意味を持った。例えば、ファミリーマートとの「ファミペイ」アプリなど、世間の注目を集める事例を実現したことで、次なる商談の扉を次々に開いていった。
「早期に動いて実績を積み上げたことで、競合よりも一歩先を行く営業基盤を築くことができました。実績が次の案件につながり、さらに信頼が増すという循環を形成できたのです」
現在でも、実績を起点としたアプローチは変わらない。「営業・マーケティングではさまざまな手法を試みていますが、やはり実績や成果を評価いただいて新たな仕事につながるケースが多いです」
エンタープライズ中心の深耕戦略
アイリッジの顧客構造は、大手・上場企業が中心を占める。こうしたエンタープライズ向けに必要なのは、単なる商材提案ではなく、顧客課題を深く理解したうえでの「提案営業」だ。
「我々のようなビジネスでは、顧客の中に入り込み、業務や課題を深く理解したうえで、最適な解決策を提案する力が問われます。特に大手企業様では、その重要性がより高まります」
この深耕型営業の強みは、新規提案時にも発揮される。
「すでに関係性が築かれている顧客基盤があることで、新しいサービスや事業領域への展開もスムーズに進められます。既存アセットを活用して、より早く、より確度の高いチャレンジができるのです」
アイリッジが提供するプロダクト群も、時代とともに拡張してきた。popinfoやFANSHIP、APPBOXなど、多様な価値提案が可能な商材群と組織体制を掛け合わせることで、営業の幅も格段に広がっている。
柔軟に設計された営業体制
同社では、営業チームを一律に組織せず、事業ごとに最適な形で柔軟に編成している。
「ターゲットとなる顧客や、求められる提案内容は事業によって異なります。たとえば、消費者向けアプリと従業員向けアプリでは、設計思想も提案の視点もまったく異なります」
特に近年は、EX(Employee Experience)領域や地域連携アプリなど、多角的な事業展開が進む中で、事業ごとの営業専門性がより重要となっている。
「立ち上げフェーズでは、営業チームが事業と密接に連携している方が、スピード感をもって動ける。現状の当社にとって最善のスタイルだと考えています」
営業・マーケティング一体型の指揮体制
特筆すべきは、小田氏自身が営業とマーケティングの両部門を統括している点だ。連携の難しさが語られることも多いこの二部門を、同社では一体として機能させている。
「主力事業の営業とマーケティングは私が直接見ています。両方を一貫して管理することで、最も動かしやすい体制になっています」
リード獲得から受注までのフローを高い品質で管理し、さらにグループ会社との連携によって最適な営業体制を構築している。各事業ごとに“勝ちパターン”を持ちながら、柔軟に対応できる組織運営が実現されているのだ。
基本に忠実なデジタル活用
デジタルマーケティング支援を事業とする一方で、自社のマーケティング活動は「基本に忠実」だ。
「特別なことをしているわけではありません。顧客情報をしっかり蓄積し、それを活用して丁寧にアプローチする。この基本が何より大切です」
この姿勢は、アイリッジが長年重視してきた「テクノロジーは生活を便利にするための手段である」という思想とも一致する。必要以上にデジタルを装飾的に使うのではなく、あくまで成果を出すための実務レベルでの最適活用にこだわる。CRMの設計やコンテンツ配信のタイミング設計など、見えにくい領域こそ丁寧に取り組んでいるのだ。
多様性を重視した採用戦略
営業力の強化には、組織内の多様性も欠かせない。現在、営業メンバーは中途採用を中心に構成されており、多様な業界出身者が活躍している。
「コンサルティング会社や広告代理店、開発系のブティック企業など、出身業界はさまざまです。事業によって求められる知見が異なるため、多様な視点を持つ人材が必要です」
この多様性が、提案の質と幅を拡張している。たとえば、ある業界に詳しい人材がいることで、その業界特有の課題に応じたカスタマイズ提案が可能になり、営業機会の拡大にもつながる。
組織進化への柔軟な対応力
組織規模の拡大に応じて、アイリッジは体制を柔軟に見直してきた。
「組織が大きくなると、機能別に分ける必要も出てきます。ただ、大切なのはそのときどきで“今の最適”を選ぶこと。特定の組織形態にこだわらず、変化を受け入れながら進化していきたい」
実際に同社では、組織再編による“新陳代謝”が成長の契機となってきた。部門をまたいだPJ体制を取り入れることで、事業横断型の連携が進み、イノベーション創出の可能性が広がっている。
「今後も規模に応じて、より体系的な組織設計が求められる場面は出てくると思いますが、その都度柔軟に最適化を進めていきます」
「イノベーションパートナー」への進化と今後の営業
現在、同社は業界ごとの「イノベーションパートナー」戦略を掲げ、業種特化のサービス開発・営業体制を強化している。
「新しい領域にも展開していますが、基本スタイルは変わりません。顧客に深く入り込み、真のニーズを見極めたうえで価値を提供し続けていきます」
たとえば、ディップ社と協業したEX(従業員体験)領域では、HR部門との接点開拓や人事予算での受注機会など、これまでにないチャネルが広がっている。地域メディアとのアプリ事業では、ローカルユーザーに向けた会員制コミュニケーションの構築といった独自の挑戦も始まっている。
組織が大きくなるにつれ、体系的なマネジメントが必要になる一方で、新規事業を創出し続ける文化は決して手放さない。成長と柔軟性の両立──それが、アイリッジの営業組織が描く未来だ。
先行優位性を活かす営業戦略の本質
アイリッジの営業戦略は、単なる“早さ”ではなく、先行優位性を活かして培ってきた信頼と実績、そして柔軟な体制運営に裏打ちされている。
顧客と深く向き合う営業スタイル、営業・マーケティングの一体化、成長と変化に対応する組織文化──それらが連携することで、同社独自の競争力が生まれている。
スマートフォン普及期から、次のテクノロジーシフトを見据える時代へ。変化を恐れず、営業の本質にこだわり続けるアイリッジの姿勢は、多くの企業にとって“参考になる成長モデル”となるに違いない。
(取材・文・写真:Sales First Magazine編集部)