東京ボード工業の循環営業戦略──“動脈と静脈”をつなぐ環境価値提案

記事ヘッダー

製品だけでは売らない。仕組みごと“提案”する営業へ

パーティクルボードの製造を手がける 東京ボード工業株式会社 は、製品だけを売ってはいない。その本質は、「循環の仕組みを顧客に提案する」ことにある。

同社は、建設現場で発生した木材廃材を回収し、再資源化。パーティクルボードとして再製品化し、再び現場に納品する。この一連のプロセスを「循環物流」と名付け、自社で完結している点が大きな特長だ。

しかも、製品の納品と廃材回収は同一トラックの"帰り便"で行われる。これにより、輸送に伴うCO₂排出量の削減と物流コストの最小化が実現している。

「循環は、仕組みとして売るもの。製品はその一部でしかありません」と語るのは、代表取締役社長の井上弘之氏。環境課題と経済性の両立という難題に対して、営業戦略そのものが答えを出しつつある。

静脈と動脈の営業チームを統合。現場密着で提案精度を高める

かつて同社では、製品営業と廃材回収の営業(リサイクル営業)は別組織として運営されていた。しかし現在はこれを一本化。営業担当者が「現場から製品まで」を一気通貫で提案できる体制を整えている。

この戦略転換が功を奏したのが、大手ゼネコンとの連携だ。1999年に竹中工務店・戸田建設と初の「木質資源リサイクル推進協定」を締結して以降、清水建設、鹿島建設、前田建設工業など多くの大手ゼネコンと同様の協定を結んできた。

現場での廃材分別指導から始まり、使用済みパネルの回収、再製品化、現場への納品という"木材の循環ルート"を構築。ゼネコン側からも「環境報告書に記載できる」「処理費用を抑えられる」と評価を得て、長期契約へとつながっている。

また、ドライバーにも分別・回収の知識を徹底教育し、現場での対応力を向上。物理的な輸送だけでなく、"現場での価値提供"を担うパートナーとして機能している。

提案の武器は「数字」と「物語」

営業において強力な武器となっているのが、第三者認証による環境性能の可視化だ。同社は2004年5月、日本企業として先駆けてスウェーデンのEPD(環境製品宣言)を取得。自社製品がCO₂固定にどれだけ寄与するか、数値で証明している。

「自社で計算した数値を誰が信用してくれるのか。できるだけ公的機関で、ちゃんとしたところに認証してもらいたかった」。そう井上社長は当時を振り返る。さらに、「それがなぜ必要なのか」を語れる"物語性"も欠かさない。

例えば、営業先のゼネコン担当者にはこう語るという。

「子どもたちの未来のために一生懸命働いても、地球環境が壊れてしまっては意味がない。僕たちは燃やすのではなく、"木の命を使い切る仕組み"をつくっているんです」

価格競争の前に「この製品の存在意義は何か」を語る。これが、東京ボード工業の営業スタイルだ。

"環境価値"を、価格ではなく構造で提案する

建材業界では、製品価格による競争が常態化している。しかし東京ボード工業は、価格以外のベクトルで勝負している。

同社のビジネスモデルでは、他のメーカーが原料を購入するのに対し、廃材の処理料金を受け取りながら原料を確保できる。この経済構造を活かし、現場で出た廃材を同社が回収することで、ゼネコン側の廃棄コストを削減する提案を行っている。

「製品を安くしても、問屋さんを経由すると末端価格は変わらない。それよりも、廃棄物処理料金を安くする方が、ゼネコンには直接メリットが出る」。こうした提案ができるのは、同社が"静脈(廃棄)と動脈(製品)"の両方を自社で担っているからこそだ。

営業部門でも、この考え方は徹底されている。単なる"製品の売り込み"ではなく、"コスト最適化+環境貢献"という複数の価値軸を提案することで、現場への浸透度が高まっている。

現場分別こそが営業力の源泉

同社の営業力を支えているのは、30年にわたる現場との信頼関係構築だ。「一番いいのは現場で分けることです。破砕機にかけるということは、僕からするとミックスしているということ」と井上社長。現場分別が最もCO₂排出量が少なく、原料として使いやすいという信念のもと、丁寧な分別指導を続けてきた。

廃棄物業界でDXの機運が高まる中でも、同社は現場での手作業による分別を重視。長年培った現場作業員との信頼関係が、この判断を支えている。

この現場密着のアプローチが、競合他社には真似できない差別化要因となっている。

製品から"循環モデル"へ──次なる提案の武器とは

現在、東京ボード工業が注力しているのは、従来の建材用途を超えた新製品の開発だ。2016年には木材とプラスチックを融合させたWPC(ウッドプラスチックコンポジット)製造設備を稼働開始。押し出し成形による新素材の開発も進めている。

これにより、「製品→回収→再製品」という1サイクルから、異素材とのハイブリッドによる"2巡目の循環"が可能になる。商材の拡張により、営業提案の選択肢も広がる。

「木材業にこだわっているわけではない。あらゆる廃棄物をちゃんと資源化して、CO₂削減していく」。そう語る井上社長のもと、営業チームも単なる"販売部門"ではなく、「循環の仕組みを設計・導入するコンサルタント集団」へと進化しつつある。

環境×営業は"二律背反"ではない

環境貢献と利益の追求は矛盾するものと捉えられがちだ。しかし、東京ボード工業のモデルは、その前提を根底から覆す。

同社は、製品を売ることで収益を得るだけでなく、廃材の処理料金を受け取りながら原料を確保できる。つまり、木材が循環すればするほど、収益機会が増える構造なのだ。

「自分たちの存在価値を高めながら、いかに儲けながら、この事業を継続・発展させていくか。優先順位は存在価値が先です」。この認識が営業チームにも共有されているからこそ、価格交渉に頼らない提案が可能になる。

営業人材育成:理念を行動に変える仕組み

同社では朝礼での理念共有、営業担当者の両面スキル習得など、個人の思いを組織的な実行力に転換する取り組みを継続している。

営業担当者は製品知識だけでなく、廃棄物処理法、環境負荷計算、現場分別指導まで幅広いスキルが求められる。この多面的な専門性が、顧客に対する提案力の源泉となっている。

社会を変える"営業の手触り"を次世代へ

東京ボード工業の営業活動は、単なる受発注を超えている。ゼネコンの担当者に環境負荷を伝え、現場で分別の指導をし、ドライバーと連携して回収の仕組みをつくる。顧客の組織を動かしながら、社会の循環を1つずつ広げていく。

その手触りこそが、同社の営業人材が最も実感する「やりがい」だ。

「価格ではなく、存在意義で選ばれる企業に」。東京ボード工業の営業戦略は、BtoBマーケティングの本質を問い直す"現場発のイノベーション"として、いま注目に値する。

(取材・文・写真:Sales First Magazine編集部)

効率化の記事一覧

Sales First Magazine のトップページへ戻る