製造業を取り巻く環境は、ここ数年で大きく様変わりした。人材不足、技術継承の課題、営業手法の変化──。そうした中で、早くから海外に活路を見出し、組織と技術の再構築を進めてきたのが株式会社トムラスだ。
同社を率いる戸村竜平社長の言葉は、終始一貫している。
「守るものはない。変わらなければ、滅んでいくだけです」。
拡大ではなく、更新。
その意思決定の積み重ねが、トムラスの現在を形づくっている。
継承とは、変わり続けること
トムラス(旧・戸村精機)の創業は約45年前。戸村社長の父親が独立し、一人で立ち上げたのが始まりだ。代を引き継ぐにあたり、戸村社長が信念としてきたのは「親を超えていく」こと。常に成長させ続けることを大事にしてきた。
「父の代から守ってきた信念は何か」と問われた際、本人はきっぱりと否定した。「こだわりはそこまでないですね。父に関しては私以上にこだわりは無かったと思います」
父も同じことを言っていたという。同じところにいるな、と。戸村社長自身も、信念として何かを守っていく感覚はない。
「変わらないと、滅んでいく感覚がある。だから常に次を考えています」
継承とは、同じ形を続けることではない。むしろ、同じ場所に留まらない覚悟を引き継ぐことだと、戸村社長は考えている。
海外に「行くしかない」と判断した理由
トムラスがベトナムに拠点を構えたのは2020年のことだ。技能実習生制度が注目される以前から外国人材を受け入れていた戸村社長は、早い段階である違和感を抱いていた。
「数年後、外国人も来なくなるんじゃないかと漠然と思ったんです」
待つのではなく、行く。その判断の背景には、長年一緒に働いてきたベトナム人社員の存在もあった。
「あなた達はベトナム人だから、日本でいくら稼いでも単なる個人の所得で終わる。自国の発展のためにも自国で事業をやった方がいい、と言ってきました」
日本人もかつては欧米で学んだ人達が日本に帰国して国の発展を牽引したのだから。
海外進出も勢い任せではなかった。
「普通の経営者は一回、二回行って『いいね』と会社を作るが、私は慎重な性格なので、国の成長性や将来の幹部育成を見極めているうちにあっという間に10年以上が経過し、これ以上待っていたら期を逃すという感覚もあり、もう今やるしかないと決断しました」
現在は、日本とベトナムの拠点を分けた生産体制をとっており、ベトナムの比重は年々高まっている。
受け入れは、社長が前に立つこと
外国人材の受け入れは、当初から順調だったわけではない。
「最初の頃は、無意識の距離感や戸惑いがありました。理由ははっきりしないけれど、心理的な壁のようなものがあったと思います」
戸村社長は、先行して外国人材を受け入れていた経営者たちから、ある教訓を聞いていた。
「社長が前に出ないと失敗する、という話です。『外国人がいいらしい』と聞いて連れてきて、現場に任せきりにすると、うまくいかないケースが多い」
社長自らが関与し、サポート体制を整えることで、組織内の理解は徐々に進んでいった。
言語の壁も大きな課題だった。来日前に聞いていた日本語能力と、実際のレベルにはギャップがあったという。
「正直、最初は戸惑いました。でも、今は基盤ができているので、受け入れやすくなっています」
現在では、外国人材を含めた多様な人材が、それぞれの強みを活かして活躍している。
AI時代でも残る、製造業の価値とは
トムラスの強みは、単なる設備力ではない。戸村社長が重視しているのは、「AIでは代替できない領域」だ。
「弊社はITやAIは他社よりもかなり取り入れているし、機械やシステムで補える部分は増えています。でも、ニッチな中のニッチ。そこはまだAIが拾えない」
中小製造業の廃業が進む中で、「どこに頼めばいいか分からない」と困る企業は増えている。
「同じものを造る会社はあっても、どう造るかが分からない。そこを補える存在が、今は必要とされています」
長年の経験と知見の蓄積こそが、トムラスの競争力だ。
営業は一周回って展示会へ
営業環境も大きく変わった。かつて得意としていたテレアポや直接営業は、今では通用しにくい。
「部署名や個人名が分からないと、電話は繋がらないですからね」
ホームページ単体での問い合わせ獲得も、現実的ではないという。
「何かで知ってもらわないと、見に来ない」
SNSは採用面では大きな効果を発揮している。若手社員を中心にInstagramやYouTubeなどを運用し、採用につながっている。一方で、営業はあくまで間接的だ。
「展示会で知り合って、『どんな会社かな』と見に来てもらう。そのくらいの距離感です」
結果として、最も成果に近いのは展示会だと戸村社長は語る。
「数は多くありませんが、話が具体的に進みやすい。一周回って、やはり展示会ですね」

人は「教えない」ことで育つ
トムラスの人材育成で特徴的なのは、「教えすぎない」スタンスだ。
「間違っていると思っても、干渉せずに見守ります。自分で経験して学んでもらいます」
象徴的なのが、最新設備の使い方を巡るエピソードだ。
当初の構想では、最新設備を日本人社員が担当し、従来作業を外国人社員に任せる予定だった。しかし現実は逆になった。日本人社員は既存業務に追われて新設備に手を出す余裕がなく、設備は使われないまま放置された。
一方、時間のある外国人社員が分厚いマニュアルを調べながら使い始めた。
「発想が逆だったんです」
外国人材に最新設備を任せたことで、設備は稼働し、組織全体が急激に前進した。