顧客価値の再定義が生んだ大逆転ヒット商品 - シュレッダーハサミの奇跡

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目次

  1. 顧客のひと言が価値を変えた瞬間
  2. 文脈が変われば、価値も変わる
  3. 価値再定義から学ぶ営業戦略の3つのヒント

製品の価値は、作り手ではなく使い手が決める—この古くて新しいマーケティングの真理を見事に体現した事例をご紹介します。金型もデザインも変えず、ただ「価値の定義」を変えただけで、年間6,000本の低迷商品が20万本の大ヒット商品に生まれ変わった、シュレッダーハサミの驚くべき物語です。

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顧客のひと言が価値を変えた瞬間

あるメーカーが開発した「5枚刃ノリ切りハサミ」は、当初「刻みのりができます」というコンセプトで料理用品として販売されていました。5枚の刃が並んだ特殊構造で、海苔やネギを均一な幅に美しく裁断できる—そんな価値提案でした。

しかし、市場の反応は厳しいものでした。1,800円という価格は、単なる「刻みのり作成ツール」としては高すぎると判断されたのです。年間販売数は6,000本に留まり、製品の終売が検討される状況でした。

転機は、ある企業の総務担当者からの思いがけないフィードバックでした。

「このハサミ、配送伝票や顧客情報が記載された書類の処理に最適なんです。シュレッダーだと詰まりやすい厚手の紙も、これなら一度で細切れにできて、個人情報も完全に判読不能になります」

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この声を聞いた製品開発チームは、目から鱗が落ちる思いでした。彼らが「料理用品」として提供していた製品が、実は「個人情報保護ツール」として大きな価値を持っていたのです。

重要なのは、製品自体は全く同じだということ。5枚刃のハサミという物理的実体は変わらないのに、その「価値の定義」が180度変わったのです。

この発見を基に、同社は大胆な方向転換を決断しました。

  1. 製品名を「刻みのりができます」から「秘密を守り切ります」に変更
  2. パッケージデザインを料理のイメージからオフィス用品のイメージに一新
  3. ハサミのグリップを赤から水色に変更

驚くべきことに、この変更に伴う製造コストの増加はほぼゼロでした。金型も製品デザインも変えていません。変わったのは「ネーミング」と「パッケージ」、そして何より「価値提案」だけだったのです。

文脈が変われば、価値も変わる

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結果は劇的でした。年間販売数は6,000本から20万本へと、実に33倍に急増したのです。

なぜこれほどの成功を収めたのでしょうか?

それは、1,800円という「同じ価格」が、異なる文脈では全く違う価値を持つからです。料理用品としては「高価」に感じられた1,800円が、個人情報保護ツールとしては「適正価格」と認識されたのです。

2005年に全面施行された個人情報保護法により、企業は顧客情報の厳格な管理を求められるようになりました。大型シュレッダーは数万円するうえ、設置スペースや電源が必要です。一方、郵便物や銀行明細書などの日常的な少量処理には、大型シュレッダーは過剰スペックでした。

シュレッダーハサミは、この「隙間ニーズ」を見事に満たしたのです。手軽さ、コンパクトさ、電源不要、そして何より「確実な情報保護」という価値を、1,800円という手頃な価格で提供しました。

価値再定義から学ぶ営業戦略の3つのヒント

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この「シュレッダーハサミ」の事例から学べる重要な教訓は以下の3点です。

  1. 価値は文脈依存:
    同じ製品でも、異なる文脈では全く違う価値を持ちます。1,800円は「刻みのり作成」としては高価でも、「個人情報保護」としては適正価格でした。
  2. 顧客の課題から価値を再定義:
    「何ができるか」ではなく「どんな課題を解決するか」という視点で製品を捉え直すことで、新たな価値が見えてきます。
  3. イノベーションは必ずしも技術変更を意味しない:
    製品自体を変えなくても、価値提案の変更だけで市場での評価は劇的に変わりうるのです。

特に印象的なのは、この成功が「製品開発」ではなく「価値再定義」によってもたらされたことです。金型変更や設計変更といった追加投資なしに、33倍という驚異的な販売増を実現したのです。

また、この事例は価格設定の本質も教えてくれます。価格は「コスト+利益」で決まるのではなく、「顧客にとっての価値」で決まるのです。同じ1,800円という価格が、異なる価値文脈では全く違う評価を受けるという事実は、価格戦略を考える上で非常に示唆に富んでいます。

私たちビジネスパーソンにとって、この物語から学ぶべき最大の教訓は、「自社製品の真の価値は、想定外の場所に隠れている可能性がある」ということではないでしょうか。

皆さんの会社にも、実は大きな潜在価値を秘めた「シュレッダーハサミ」が眠っているかもしれません。それを発見するカギは、顧客の声に真摯に耳を傾け、「私たちはこう考えている」という思い込みを手放す勇気にあるのではないでしょうか。

「刻みのりができます」から「秘密を守り切ります」へ—この価値再定義の物語が、皆さんのビジネスに新たな視点をもたらすことを願っています。


著者プロフィール

安藤 芳樹

安藤 芳樹
「セブンチャート仕事術」開発者。セブンチャートインストラクター、オフィスミラクス代表

広告代理店(ADK)に勤務しながらドラッカーを実践。「5つの質問」で企業トップとの事業の定義を合意しながら経営者視点で商談を進め顧客に認められる。40歳の頃、ビジネス観や人生観に普遍の基盤をもちたくドラッカーに目覚める。その知見体得のために試行錯誤してたどり着いたのが「セブンチャート仕事術」。その体得のためにやった反復訓練は30000ページのチャートを作るにいたり、今も増殖中。さぬきうどんブームの仕掛け人であり、映画「UDON」のトータス松本の役柄モデルでもある。立教大学卒業。2021年12月23日 初の著書「チャートで考えればうまくいく」を上梓

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