三工電機株式会社は、広島県呉市に本社を構える舶用分電盤メーカーだ。創業から68年、設計から製造、納品までを一貫して担う体制を強みに、国内シェア約7割を握る。しかし代表取締役社長の上川博之氏は、その数字に満足していない。「この規模なら天井は見えている」と語る。その視線の先にあるのは、売上100億円企業への転換だ。本稿では、三工電機が"使命"を軸に営業思想をどう再設計しようとしているのか、その実像に迫る。
トップシェアでも、満足はない
三工電機の強みは明確だ。舶用分電盤という専門領域に特化し、設計から板金、塗装、配線、組立、納品までを一貫生産で担う。工程ごとに分業する企業が多い中、すべてを自社内で完結できる体制は、顧客にとって大きな安心材料となる。
「うちに任せていただけたら、丸投げで完結する。急な仕様変更や短納期にも対応できるのは一貫生産ならではです」と上川氏は語る。
既存顧客から評価されるのは、短納期や価格対応力だ。長年積み上げた実績もある。実際、多くの船に同社の分電盤が搭載されているという事実が、安全性と信頼性の裏付けになっている。
だが、ここで止まれば"守りの経営"になる。上川氏ははっきりとこう言う。
「国内シェア7割と言っても、このニッチな製品の中での話。分電盤だけでは100億は見えない」
成功体験を誇るのではなく、構造的な限界を冷静に見据える。そこから営業戦略の再設計は始まった。
思想で共鳴する、新しい営業の形
三工電機の営業戦略には、二つの軸がある。
一つは、既存顧客との信頼関係を深めること。短納期や価格対応力が評価され、長年の実績が安全性と信頼性の裏付けになっている。
もう一つは、自ら思想を発信し、共感する企業との新たな出会いを創ること。
「将来的には、より多くの企業からメーカーとして扱っていただける存在でありたい。言われたものを作るだけではなく、共に考え、共にワクワクできる関係を築きたいんです。そのためにも、技術だけでなく、思想や挑戦の姿勢まで含めた“メーカーとしての在り方”を磨き続けたいと思っています」
展示会やSNS、YouTubeも活用しているが、直接受注が目的ではない。狙いは認知の質の転換だ。
「チャレンジしている会社だという認知に変わった実感はあります。受注よりも、ブランドの再定義ですね」
営業を「刈り取り」ではなく「思想の発信」と捉える視点は、製造業としては珍しい。だがその背景には、より大きな目標がある。
使命が、営業の軸を変えた
上川氏が掲げた使命は、「思いやり・情熱・技術で、世の中になくてはならない会社になる」というものだ。約2年前、自身の人生を振り返りながら導き出した言葉だという。
使命を掲げた当初、社員の一部からは「遠い未来は見えるが、足元が見えない」という声もあった。そこで具体的なビジョンとして「100億企業になる」という定量目標を明示した。
「使命と数字が結びついたとき、行動が具体的になりました」
この瞬間から、営業戦略も変わった。シェア拡大ではなく、事業ポートフォリオの再構築へ。分電盤の守りを固めながら、新たな市場へ打って出る。その象徴が、新工場構想である。
情熱+学びで、強くなる
上川氏が入社時に、既存社員へ志望動機を聞くと、「家から近いから」「夜勤がないから」「勉強してこなかったので三工電機なら入れると思った」という答えが多かった。常に夢を追いかけてきた上川氏は、驚きを隠せなかった。
しかし現場を見ると、社員たちが製品への責任と誇りを感じて働いている姿に感銘を受けた。
ものづくりへの情熱はある。だが学ぶ環境がなかった。そこに可能性を見出した。
「この人たちが学び、多くの知識を付けたら、凄い会社になる」この確信が、社内大学構想につながった。全社員にタブレットを配布し、成長を可視化するアプリを開発中だ。自分のアバターを作り、学習や業務貢献でレベルアップしていく。ゲーム感覚で、次に何をすれば成長できるかが分かる仕組みだ。
「学びは楽しくないと続かない。だからゲーム化する。単純ですけど、楽しいほうがいいので」
カリキュラムは選択式で、社員それぞれが自分のペースで学べる。社内大学の中には「社長塾」も設ける予定だ。
「将来的には、グループ内から複数の社長を輩出したい。社長と社員の関係じゃなく、社長と社長が対話する経営集団を作りたいんです」
この構想に共感する人材も現れ始めた。この4月に入社する1人は、「社長になります」と宣言して入社を決めた。
営業とブランディング、教育、そして採用。すべてが使命を起点に連動する設計になっている。
これは単なる組織論ではない。市場ごとに新会社を立ち上げ、複数の"トップシェア事業"を持つ構造を目指す、拡張型営業戦略なのである。
航空宇宙、そして1次産業へ
新工場は単なる生産拠点ではない。新事業への投資であり、人材への投資でもある。
上川氏が見据えるのは、航空宇宙産業や1次産業など、今後大きく発展する可能性がある分野や、人手不足の分野だ。
「ものづくりでBtoBを長年やってきた。船という業界で培ったノウハウは、他の分野にも必ずニーズがある」
新工場では、航空宇宙産業向けの新事業拠点を設け、0→1の挑戦を始める。実績を積み上げたら、それを別会社化する。そして社員の中から社長を立てる。
「例えば航空宇宙で実績を重ねて会社にする。次は1次産業で別の会社を作る。それぞれの市場で社長を育てていく」
このビジョンを実現するために、新工場には学びの場も組み込む。外部の経営者を招いた研修や、社員同士の対話の場。さらに地域に開放する社員食堂も計画している。
「建物に投資したというより、人に投資した」
外部の経営者からは「青臭い」「利益に直結しない」と批判も受けた。それでも踏み切った理由はシンプルだ。
「使命に沿っているかどうか。それだけです」
毎月の給料手渡しが、組織を変える
上川氏には、もう一つ独特の習慣がある。毎月、全社員に給料明細を手渡しするのだ。創業者の時代から続く文化だという。
「短い時間ですけど、1人1人とたわいもない会話をする。そこからいろんなヒントが得られるし、悩みも聞ける。いい時間になっています」
社長自らが月に一度、全社員と対話する。この習慣が、組織の風通しを良くし、現場の声を経営に反映する仕組みになっている。
営業戦略を考える上でも、この対話は重要だ。顧客の最前線にいるのは現場の社員だ。彼らが何を感じ、何を課題と捉えているのか。その声を直接聞くことで、戦略の解像度が上がる。
「組織はチームで動いている。自分勝手な思いだけでやってしまうと、周りを巻き込めない。だから対話を大事にしています」
やるか、やらんか
大規模投資や急進的なビジョンに対し、反発がなかったわけではない。新工場への投資を決めた時、「投資は控え、利益を伸ばした方が良い」「投資するなら給料を増やして欲しい」という声が社内外から出た。
だが上川氏の判断基準は明確だ。
「周りから言われたからやめるのか、という話です。使命を果たすための投資ですから。共感できない社員には、卒業してもらう、――ぐらいの覚悟でやっております」
強い言葉の裏には、「必ず幸せにする」という約束がある。
「とてつもなく変化の早い時代が来ている。だから会社を変えようとしている。一緒の船に乗ってくれるなら、必ずみんなを幸せにする。それは約束します」
シェア7割という成功に安住せず、営業思想を根底から組み替える三工電機。地方製造業の枠を超えようとする挑戦は、営業やマーケティングに携わる読者に問いを投げかける。
自社の営業は、使命と結びついているか。
自社は「選ばれる側」から脱却できているか。
上川氏のメッセージは、シンプルだ。
「やるか、やらんか」
その選択が、未来を分ける。
取材・文:Sales First Magazine編集部